Contents [hide]
序章:速さの裏にあった、見えない“硬さ”
100m走で0.01秒を削るために、私たちはどれだけ筋力を鍛えてきただろうか。
400mで、どれだけの酸欠と戦ってきただろうか。
マラソンで、どれだけ「己との戦い」に勝とうとしてきただろうか。
そのすべてに共通していたのは——「前へ」だった。
けれど、ある日、トラックに立つ自分の中に、“力み”を感じた。
まるで、しなやかさを忘れた機械のように、ただ速さを求める自分。
そのとき、コーチに言われた一言が、すべてを変えた。
「ヨガ、やってみないか?」
それは、意外で、でも運命的な出会いだった。
第1章:ヨガ=女性のもの?その誤解をほどく瞬間
正直に言うと、最初は抵抗があった。
ヨガと聞いて、思い浮かぶのはおしゃれなスタジオと静かな音楽、そして柔らかな女性たち。
だけど、調べてみて驚いた。
ヨガは元々、武道や修行者の「精神と身体を統一する術」だったのだ。
アスリートに必要な「呼吸力」「柔軟性」「集中力」「姿勢制御」——
すべてがヨガの中に詰まっていた。
“柔らかさ”は、“弱さ”ではなかった。
それは、“しなやかな強さ”だったのだ。
第2章:はじめてのヨガマット、走らない朝
朝6時。
まだ誰もいないグラウンド。
その横に敷いた、ブルーのヨガマット。
深く吸って、ゆっくり吐く。
はじめて知った。
「呼吸って、意識しないと浅いままだ」と。
腕を上げ、太陽礼拝をする。
足の裏から重力を感じ、骨盤を立て、背骨を空に伸ばす。
ただそれだけの動作が、全身を“整えて”くれた。
「走っていないのに、走れる気がする」
不思議な感覚だった。
第3章:走りに変化が現れた日
それは3週間後のインターバル走で起きた。
400m×5本。
いつものように2本目からバテていたはずが、体が違う。
呼吸が、走りに“同期”している。
足が無駄にバタつかず、重心が自然と前に。
リズムが「外」ではなく、「内」から生まれてくる。
フォームも安定していた。
むしろ、力を抜いた分、速くなっていた。
「ヨガって、走りに効くんだ…」
そのとき、心から確信した。
第4章:メンタルのブレが消えていく
レース前の緊張。
誰もが知る“あの感覚”。
呼吸が浅くなり、鼓動が速くなる。
「うまく走れるか?」という不安に襲われる。
でも、ヨガを習慣にしてからは違った。
レース前に、静かに“瞑想”する。
目を閉じて、呼吸に意識を向ける。
3分だけ。それだけで、心が“沈んで”いく。
スタートラインに立つと、
まるで風の中に身を置いたように、落ち着いていた。
第5章:ケガ予防という“最大の恩恵”
ヨガを取り入れてから、筋肉の張りが減った。
特にハムストリング、腸腰筋、肩甲骨まわり。
走りに必要な“可動域”が、確実に広がっていた。
そして何より、ケガが減った。
腸脛靭帯炎、肉離れ、股関節痛——
どれも、ヨガの「予防効果」に助けられた。
走れない日々の焦燥。
それを避けるために、ヨガは「保険」ではなく「基盤」だと思った。
第6章:ヨガ×チーム練習。静と動の融合
個人の取り組みとして始めたヨガは、
やがてチーム全体へと広がった。
練習後のクールダウンを「ヨガ」で行う。
皆がマットの上で静かに呼吸を整える光景は、
まるでトラックが“神殿”になったようだった。
互いの呼吸が合うことで、チームに一体感が生まれた。
それはリレーでバトンを繋ぐ瞬間にも、明らかだった。
第7章:全国大会で掴んだ、“空気を纏う走り”
全国大会。
予選からプレッシャーのかかる場面だった。
でも、いつものように呼吸を整え、
走る“前”に走り切っていた。
スタートの合図。
地面が遠ざかる感覚。
腕振り、呼吸、視線、すべてが“空気と一体化”していた。
ゴール後、誰かが言った。
「今日の走り、まるで風みたいだった」
それは、最大の賛辞だった。
終章:ヨガがくれた、走りの本質
速くなりたい。
勝ちたい。
記録を出したい。
その思いは、いつだって正しい。
でも——「力を抜く勇気」が、速さを生むこともある。
ヨガは、ただのストレッチじゃない。
それは、自分の“中心”を見つめる技術だった。
陸上という競技が、ヨガによって「哲学」へと変わった。
呼吸は、走り。
静けさは、強さ。
今、私はこう思う。
「風は速い。でも、風は力んでいない」
あなたへ:今日からできる“ヨガ×陸上”3分間メニュー
実践的に始めたい方のために、初心者でもできる3分ルーチンをご紹介:
① 立位前屈(ハムストリングの解放)
・足を腰幅に開き、ゆっくり前屈。
・膝を少し緩めてもOK。
・30秒キープ。
② キャット&カウ(背骨の可動性UP)
・四つん這いになり、吸って反らせ、吐いて丸める。
・呼吸と連動して行う。
・1分ほど。
③ 片脚バランス(体幹と集中力)
・片脚を上げて立ち、バランスをとる。
・両腕を上げて「戦士のポーズ」風に。
・左右30秒ずつ。
ほんの少しの時間でも、“走り”は変わっていく。