母になって全日本へ戻ってきた寺田明日香 9年ぶりVは逃すも「楽しかった」

陸上の日本選手権3日目が29日に福岡・博多の森陸上競技場で行われた。100メートルハードル決勝では、6年ぶりの出場となった寺田明日香(パソナグループ)が13秒16(追い風0.6メートル)で3位に入った。2010年以来の優勝は逃したものの、昨年12月に陸上に復帰してから半年で大舞台の表彰台に上がり、復活をアピールした。

「日本選手権は甘くない」

 優勝を逃しても、表情は晴れやかだった。「雨の中、たくさんのお客さんが応援してくれた。こういう雰囲気の中で走れるのはうれしいこと。負けたけれど、楽しく走れました」。日本一を決める独特の緊張感を久々に味わえたこと自体が、寺田にとって何よりの収穫となった。

28日の予選、29日の準決勝と続けて全体1位の好タイムで通過。だが、決勝では「焦って前に出ようとして、走りのリズムが変わってしまった」。序盤の焦りが影響したか、終盤にかけてぐっと速度を増していく本来の走りを展開できず。 4月のアジア陸上競技選手権大会を制した木村文子(エディオン)には、わずか0秒02届かなかった。「日本選手権は甘くないなと感じました。(陸上を離れていた)6年間経験を積んできた方たちがいて、埋めなければいけない溝を感じました」。ブランクの影響を、確かに感じた。

数々の“回り道”から得た財産

 08年から10年まで日本選手権3連覇を果たし、第一人者として日本女子ハードル界を引っ張ってきた。だが、11年の右足首捻挫をきっかけに調子を落とし、ロンドン五輪には出場できず。13年に引退を表明。翌年に長女の果緒ちゃんを出産する。その後は、16年から陸上ではなく7人制ラグビーで東京五輪を目指し、日本代表候補のトライアウトにも合格した。しかし、17年に右足を骨折するなどしてプレーし続けるのが難しくなった。

「ラグビーは陸上と違って団体競技。長い期間集まってチームを作る時間が必要なので、けがをしてしまうとアピールするのが難しくなってしまう。そこでラグビーはあきらめようと思いました。でも、ラグビーをやった2年間で自分の走りがすごく良くなっていると気づいて、『最後のアスリート人生は陸上で締めくくろう』と決断しました」

こうして寺田は陸上の世界に戻ってきた。ラグビーはトラックではなく芝の上を走るため、これまでとは違う走りの感覚をつかめたという。さらに筋力トレーニングも精力的に行い、デッドリフト(ウエイトトレーニングの一種)は60キロから120キロと倍の重さを上げられるようになった。それによって「上体がしっかりして安定する」、ブレが少ないフォームが身についた。この6年間は“回り道”ではなく、新たな走りにたどり着くきっかけだったのだ。

娘のために頑張る姿を

 最大の目標である東京五輪まで、あと1年強となった。復帰して半年しか経っていないだけに「やれることはたくさんある。これから1年、もっと足りない部分を補っていかないと」と、まだまだ伸びしろは残されている。

果緒ちゃんに金メダルを見せるという今大会の目標は、惜しくも果たせなかった。それでも「娘はママの頑張った姿を見ていると思います。それが彼女の中で『私も何か頑張ってみようかな』という気持ちにつながればいいな」と、これからも娘にはアスリートとしての姿勢を見せ続けるつもりだ。

東京五輪に出るため、そして娘のために。ママハードラーはこれまで通り、1つずつハードルを飛び越えていく。

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