水泳でも賞金を稼げる大会。松田丈志が語る 「競泳W杯はここが面白い」

競泳でも稼げる時代になった――。

11月14、15日に競泳ワールドカップ(W杯)第7戦、東京大会が辰巳国際水泳場で開催される。競泳のW杯はサッカーやラグビーのW杯と違って、その大会で勝つこと自体が大きな目標となる大会ではない。ただ、競泳を生業とする世界中のトップスイマーや、これから世界に飛び出していきたい若手スイマーには格好の舞台だ。

競泳W杯の特徴を3つ挙げる。

1.世界各国を転戦する大会である
今年でいうと、世界8都市で開催されている。世界水泳直後の8月にクラスター1のモスクワ(ロシア)、ベルリン(ドイツ)、エイントホーヘン(オランダ)。10月にクラスター2の香港(中国)、ドーハ(カタール)。11月にクラスター3の北京(中国)、東京、シンガポールで行なわれる。

2.プールは短水路(25mプール)で行なわれる
オリンピックや世界選手権は50mプールだ。この25mプールというのは長水路よりもタイムが速い。その理由は、競泳では飛び込みやターンなど壁からの反発をもらうタイミングのほうが、実際に泳いでいる時よりも移動スピードが速いからだ。短水路は長水路に比べ、同じ距離の種目でもターンの回数が多くなるので、スピードが上がる機会が増え、タイムが長水路よりも速くなる。タイムが速いということは平均移動速度も速くなるので、選手にとっては速く泳ぐ動作を自然と身につける機会となり、泳ぎのテクニックの向上にも役立つ。

3.賞金レースである
W杯は賞金レースで、世界のトップスイマーの中にはここで生活費を稼ぐ選手もいる。
1種目優勝すれば1500ドル。各種目6位まで賞金が出る。さらに各クラスターで男女別に全種目中、タイムから算出されたポイントでランキングが出て、トップの選手には5万ドルが、2位が3万5000ドル、3位が3万ドル……と8位まで賞金が出る。

さらに8戦通算のポイントランキングでトップの選手には10万ドルが贈られる。
つまり最も稼ぐ選手はこのW杯シリーズだけで25万ドル以上稼ぐ計算だ。

私も何度もこのW杯シリーズに参加した。好きな大会だった。いわゆる冬場の泳ぎ込みのシーズンは選手にとってもつらい時期だ。さらに目標となる大会までも時間があるため、トレーニングのモチベーションを保つのが難しい時期でもある。

そんな時期に行なわれるW杯シリーズはいい目標になる。世界のさまざまな都市でレースができる喜びと刺激。海外の選手とも一緒に転戦しレースを重ねる中で、自然と仲よくなり、いい友人関係とライバル関係ができてくる。これはいざ世界選手権やオリンピックの決勝で勝負する時に意外と重要だ。そこに顔なじみの選手がいるだけで、その舞台に自分も溶け込むことができ、緊張がほぐれるものだ。さらには頑張れば賞金ももらえる。

スピード感は長水路よりあるから、泳いでいても気持ちいい。短期間で転戦、そして1大会の中でも何度もレースをするので、体力的にはしんどいが、それ自体がいい高強度トレーニングにもなる。

これらのことから、競泳のW杯はその大会自体で活躍することが目標というよりは、その先にあるメインの大会に向けて、強化の一環でもあり、短水路でスピード感を身体に覚えさせながら技術を磨き、さらには賞金も狙っていける。選手にとって魅力的な大会だ。世界選手権やオリンピックよりもスピード感のあるレースとなるため、観る方も楽しめる大会だと思う。

W杯第7戦・東京大会は見どころも満載だ。

2020年東京五輪を見据えてか、世界から多くのトップ選手が集まる。その海外勢を7月の世界水泳で活躍したトビウオジャパンのメンバーが迎え撃つ。

女子個人メドレーでは世界水泳400m個人メドレー金メダルのカティンカ・ホッスー(ハンガリー)と銀メダルのミレイア・ベルモンテ(スペイン)に、世界水泳200m個人メドレー銀メダリストの大橋悠依が挑む。大橋は日本記録の更新も大いに期待できる。

男子200mバタフライではリオ五輪銀メダリストの坂井聖人が、失意の世界水泳からどう復活してくるかも注目だ。この種目ロンドン五輪の金メダリストのチャド・レクロスも出場する。短水路が得意なレクロスにどこまで迫れるのか。さらには東京五輪に向けてこの種目で大いに期待のかかる幌村尚(ほろむら・なお)にも注目したい。

世界記録保持者、サラ・ショーストロム(スウェーデン)には池江璃花子が挑む。サラは世界水泳金メダリストで、ここ最近、自由形、バタフライで世界記録を連発している。サラは今大会でも世界記録を更新する可能性は大いにある。池江の日本記録更新にも期待だ。

日本のお家芸である男子平泳ぎは、今や日本の2枚看板、世界水泳で銀メダルの小関也朱篤(やすひろ)と同じく銅メダルの渡辺一平が金メダリスト、アントン・チュプコフ(ロシア)に挑む。小関は北京大会で100、200の2冠を達成している。

その他にも先日の北京大会で、400m個人メドレーをW杯レコードで優勝した瀬戸大也や、東京五輪へ向けて、アメリカに拠点を移し、復活を目指す入江陵介らも出場する。

もうひとつ、今回私が注目しているのは、競泳日本代表・平井伯昌(のりまさ)ヘッドコーチによるナショナルチームの下半期強化の改革がどういう効果を上げるかだ。

平井コーチは世界水泳後、ナショナルチームとしての活動を年間通してできるようにしたいと語っていたが、実際このシーズンオフから実行している。10月には測定をメインにした合宿をJISS(国立スポーツ科学センター)や鹿屋体育大学で行ない、さまざまな科学的データを測定した。

これらのデータは選手たちが今の自分を客観視し、課題を明確にする意味でも重要だし、日本水泳界として、トップスイマーのデータを蓄積していく意味でも重要だ。

さらに11月は和歌山での1週間、合宿とレースを行なって東京W杯に挑む。今後はナショナルチームとして、スペインでの高地トレーニングとローザンヌでの大会出場も計画されている。

ちなみに今までの代表チームの活動は、代表が確定する4月の日本選手権から、世界水泳やオリンピックが開催される8月頃までだった。ほぼ年間の3分の1だ。それ以外の期間は所属チーム単位での強化が基本になる。これでは年間を通した代表チームとしての選手強化はできないし、若い選手にこれまで日本水泳界が蓄積してきたノウハウを伝えていくにも十分な時間は取れないだろう。

これまでの代表期間は、目の前に大事な大会が控えているタイミングであるから、じっくり話をしたり、強化方法や技術を大幅に変えられるタイミングではなかった。しかし、今回はコーチ同士もこのシーズンオフだからこそ落ち着いて意見交換もできるはずだ。実際に合宿を行なってみて、平井コーチは選手たちが世界水泳後、久しぶりにナショナルチームとして顔を合わせて嬉しそうにしていたと語ってくれた。

社会人選手はこのオフシーズンにナショナルチームとしての活動がなければ、正直時間を持て余すこともあるだろう。逆に高校生など若い選手たちは、代表チームから離れる期間が長くなれば、どうしても考える目線が下がってしまいかねない。

平井コーチは、ナショナルチームとして若手コーチや選手に強化プランの選択肢を提供していくことによって、成長を促したいとも話してくれた。

私の現役時代を振り返ってみると、限られた資金や情報の中で、自分たちでどうやって強化していくか頭を悩ませたものだ。自分の課題は何なのか、高地トレーニングの場所や期間をどう確保するか、世界のどのチームと練習すれば、自分が成長できるのか
……。

今のナショナルチームはそのレールがいくつも敷いてあるし、強化のヒントを得られる機会もたくさん散りばめられている。これを活用できるかどうかは選手や各所属コーチの考え方とやる気次第だと思う。可能性は自ら切り拓いていってほしい。

このサポート体制は、当たり前ではない。これまでにないくらい恵まれている。
2020年東京五輪へ向けて新たな取り組みをスタートさせた「トビウオジャパン」。
その効果はすぐに出るものではないが、その歩みの雰囲気は感じられるだろう。

競泳W杯第7戦、東京大会は、平日の開催ではあるが、決勝種目は夕方18時から。しかも都心からのアクセスもいい辰巳国際水泳場で行われるので、ぜひ会場に観に来てほしい。

 

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