なぜ陸上のスーパー女子高生は消えるのか

日本の女子陸上では、たびたび「スーパー女子高生」が登場する。彼女たちは10代のうちに日本選手権を制覇してしまう。ところが、その後、記録は伸びず、世界でも戦えない。スポーツライターの酒井政人氏は「指導者との関係性や練習環境の整え方などに課題があるようだ」と指摘する――。

日本の陸上界に現れる「スーパー女子高生」が落ちぶれるワケ

今年の6月下旬に開かれた日本陸上競技選手権は、例年以上に注目を浴びた。大きな理由は2つある。ひとつは、男子100mと200mに出場したサニブラウン・ハキーム(フロリダ大)の活躍。もうひとつは、近年にはなかった「女子高校生フィーバー」だ。

女子100mでは御家瀬緑(恵庭北高)が29年ぶりの“高校生V”に輝き、青山華依(大阪高)が3位、三浦由奈(柴田高)が5位、石堂陽奈(立命館慶祥高)が8位と、4人の高校生が入賞した。

さらに女子200mは景山咲穂(市船橋高)が23秒90(向かい風0.4m/s)で2位に食い込むと、井戸アビゲイル風果(至学館高)が4位、三村香菜実(東海大相模高)が8位。女子400mは髙島咲季(相洋高)が優勝した青山聖佳(大阪成蹊AC)と同じ53秒68で2位に。さらに川崎夏実(相洋高)が6位、吉岡里奈(西京高)が7位に入った。

こうした結果だけを切り取れば、日本女子短距離界に“明るい未来”を感じる人も多いだろう。しかし、そう書くのは事実に反する。女子高生スプリンターの活躍は、日本女子短距離界の問題が露呈した結果にすぎないからだ。

男子100mと200mは世界基準で見てもレベルが高いが……

日本選手権といえども、種目によってレベルの差がある。たとえば男子の100mと200mは世界基準で見てもレベルは高いが、女子の短距離種目はそうではない。今秋に開催されるドーハ世界選手権の参加標準記録と比べてみると、よくわかる。左がドーハ世界選手権の参加標準記録で、右が今回の優勝記録だ。

【男子】
100m10.10/10.02(向かい風0.3m/s)
200m20.40/20.35(向かい風1.3m/s)
400m45.30/45.80

【女子】
100m11.24/11.67(追い風0.6m/s)
200m23.02/23.80(向かい風0.4m/s)
400m51.80/53.68

男子は100mと200mでドーハ世界選手権の参加標準記録を突破して、400mもあと0.50秒だった。女子はドーハ世界選手権の参加標準記録まで100mが0.43秒、200mが0.78秒、400mが1.88秒という開きがあった。ちなみに100mの0.43秒というタイム差は、決して「小さな差」ではない。

女子高生の快挙は「優勝ライン」が下がったことが要因

日本の男子短距離はレベルをグングンと上げているが、日本の女子短距離界は「世界」との差が徐々に広がっている。これは4×100mリレーと4×400mリレーを見てもよくわかる。

男子4×100mリレーは2016年のリオ五輪で銀メダル、翌年のロンドン世界選手権でも銅メダルを獲得。来年の東京五輪では金メダルの期待もかかる。男子4×400mリレーは5月の世界リレー選手権で4位に食い込み、ドーハ世界選手権の出場権をつかんだ。

ドーハ世界選手権のリレー種目は上位16カ国に出場権が与えられるが、日本の女子は4×100mリレーのチャレンジを終了させて、4×400mリレーも出場は難しい状況なのだ。

ただでさえレベルの低い女子短距離界だが、今年の日本選手権は主力が不在だった。100mでは昨年1~3位に入った世古和(CRANE)、福島千里(セイコー)、市川華菜(ミズノ)が欠場。同4位の御家瀬が優勝したわけで、ある意味、順当といえる結果なのだ。

200mでは日本記録保持者で前回Vの福島が欠場。前回2位の市川は今季調子が上がらず、予選で敗退した。400mは前回1位の川田朱夏(東大阪大)と同2位の広沢真愛(日体大)が今季はケガで出遅れたという事情があった。

高校生の快挙は、例年以上に「優勝ライン」「入賞ライン」が下がったという側面と、今年の高校生がハイレベルだったことで起きた現象になる。

「スーパー高校生」が高校卒業後に伸び悩んでいるワケ

このような状況の背景には、日本の女子陸上の“闇”が影響していると筆者は考えている。女子陸上では毎年のように「スーパー高校生」が出現しているが、その多くが高校卒業後に伸び悩んでいるのだ。これは短距離だけでなく、他の種目にも当てはまる。

たとえば今回の日本選手権100mで御家瀬に次ぐ2位に入った土井杏南(JAL)は大学を卒業して社会人2年目の23歳。かつては「スーパー高校生」と騒がれた選手のひとりだ。高校2年時の日本選手権100mで2位に入り、夏のロンドン五輪では4×100mリレーに出場した。

しかし、大学ではケガもあり、十分なパフォーマンスを発揮することができなかった。現在は練習拠点を母校・埼玉栄高に戻して、再浮上のキッカケをつかみつつあるが、高校2年時にマークした自己ベスト(11秒43=日本高校記録)は更新できていない。

土井のように高校で日本のトップクラスに上りつめても、その後に伸び悩む選手は多い。その証拠に、日本歴代記録30傑のなかに高校所属の選手がたくさんいるのだ。

女子100mは土井杏南(埼玉栄高/2012年)、御家瀬緑(恵庭北高/2019年)、齋藤愛美(倉敷中央高/2016年)、神保祐希(金沢二水高/2013年)、伊藤佳奈恵(恵庭北高/1993年)、玉城美鈴(中部商高/2009年)の6人。

同200mは齋藤愛美(倉敷中央高/2016年)、中村宝子(浜松西高/2006年)、青野朱季(山形中央高/2018年)、神保祐希(金沢二水高/2013年)、鈴木智実(市邨学園高/1997年)、壹岐あいこ(京都橘高/2018年)、柿沼和恵(埼玉栄高/1992年)の7人。

同400mは杉浦はる香(浜松市立高/2013年)、大木彩夏(新島学園高/2013年)、髙島咲季(相洋高/2019年)、青木りん(相洋高/2016年)、磯崎公美(山北高/1982年)、山地佳樹美(明善高/1985年)の6人が名前を連ねている。

土井、御家瀬、齋藤、青野、壹岐、髙島、青木の7人は現役選手のため、自己ベストを更新する可能性はあるが、他の10人はすでにスパイクを脱いでいる。これは高校卒業後の低迷を物語っているといえるだろう。

女子選手は高卒と同時に成長がピタリと止まる理由

これは日本選手権のチャンピオンになっても同様だ。

1990年以降、“高校生V”に輝いた選手は6人いる。しかし、高校卒業してから同種目を再び制した選手はいないのだ(※)。

※女子100mは三木まどか(姫路商高/1990年)、同200mは柿沼和恵(埼玉栄高/1992年)と鈴木智実(市邨学園高/1997年)。同400mは久保田和恵(群馬女子短大附高/1990年)、杉浦はる香(浜松市立高/2013年)、松本奈菜子(浜松市立高/2014年)。なお柿沼だけは400mで4度の優勝を飾っている。

人間の成長過程を考えれば、多少の波はあるとしても、20代中盤まで右肩上がりで推移するはずだが、女子選手は高校卒業と同時にピタリと止まってしまうケースが少なくない。

その原因はどこにあるのだろうか。

ひとつは「環境の変化」があるだろう。特に大きいと考えられるのが指導者の変更だ。女子選手は男子選手と比べて、指導者への「依存度」が強い傾向にある。そのため、指導者とのマッチングがうまくいかないと、ガタガタと崩れてしまう。しかも、高校時代はうまくいっていたため、最初につまずくと、その後の修復は簡単ではない。

高校と大学の指導者が「伸び悩みの理由」の責任を押し付け合い

また高校では指導者が体重を管理するなど、徹底指導することが多いが、大学では自主性に任せる部分も大きくなる。強豪校の男子長距離チームは寮が完備されているだけでなく、栄養管理された食事が提供される。女子は専門の寮があるチームは少なく、食事も各自に委ねられることが多い。ひとり暮らしの場合、授業と練習に加えて、食生活もうまくコントロールするのは難しいようだ。栄養バランスが崩れることで、故障が増えて、なかには体重が増加してしまう選手もいる。

男子短距離の活況は、サニブラウン・ハキーム(フロリダ大)、桐生祥秀(日本生命)、山縣亮太(ナイキ)ら高校時代に歴代上位の記録を残した逸材がさらにタイムを伸ばしてきたことにある。女子短距離は、その逆。「スーパー高校生」と呼ばれるような選手たちが、高校卒業後に消えてしまったことが、低迷につながっているのだ。

しかも、良くないのは、高校卒業後に伸びないのを、高校・大学の指導者が双方のせいにしていることだ。高校の指導者は「大学の指導が良くない」と話し、大学の指導者は「高校時代に練習をやりすぎている」という話をよく耳にする。

また夏に開催されるインターハイで燃え尽きてしまう選手も少なくない。5日間というスケジュールのなかで多い選手だと、個人2種目、4×100mリレー、4×400mリレーの4種目に出場。短距離種目は予選、準決勝、決勝の3ラウンド制なので、最大12レースを走ることになる。

総合優勝を目指す学校では、エースの走りがカギを握る。監督が無理やり走らせるケースもあるが、チームのために本人が走りたがることが多い。そして、感動が大きくなると、その反動も大きい。それは高校卒業後のバーンアウトにつながっていく。

今のままでは、誰もハッピーではない。同じ過ちを繰り返さないためにも、“現在”ではなく、選手の“未来”を優先させるような指導に変えていく必要があるのではないだろうか。

https://president.jp/articles/-/29321